鏡を磨いて ― 山花ひとりがたり

川端康成を始めとする日本文学や、日本思想をテーマに、徒然に考えてみたことを綴ってゆきます———。

読書人の道しるべ—『ひたすら面白い小説が読みたくて』

 本当にお久しぶりです。藍山花です。

 少し精神を病み読書など趣味全てから遠ざかっていたのですが、ようやく文字を読むことに抵抗が無くなってきたので、思い切って何か文章を書いてみることにしました。書き始めてみると、今まで心の中で鬱々と溜まっていたものが、一文一文に感情を入れるごとにみるみる削り取られていく感覚を味わい、「ああ、今の気持ちを書き出すことって、大事なのだな」としみじみ感じました。

 今回は、一年ぶりの活字本になった、児玉清さんの『ひたすら面白い小説が読みたくて』の感想を綴りたいと思います。

 

 

 これは、今は亡き児玉清さんが寄せた小説の解説を、日本の小説と海外の小説の二部に分けて一冊にまとめた本です。

 私が児玉清さんを本格的に認識しだしたのは、高校生の時に有川浩さんの『阪急電車』を読んだ時でした。それまでの児玉さんのイメージと言えば、「アタックチャーンスの人」でしたが、解説を読んで仰天。解説がとっても面白くて、「この本を借りて正解だった」と、『阪急電車』を選んだ自分を褒めてやりたくなったほどでした。

 それから月日は流れ、今度は解説集という形で児玉さんと再会したときは、『阪急電車』の記憶が蘇り、「なんと贅沢な本か!」とすぐにこの本を手に取りレジへと向かったものでした。

 

 読みはじめてすぐに僕は、新しい金の鉱脈を探り当てたような歓喜に包まれた。『柳生薔薇剣』のあまりの面白さに舌舐めずりする思いで宙に向かってヤッホーと叫んだほどだ。これぞ僕が待ち望んでいた面白時代小説の一冊だと心の中で大きく合点したからだ。*1

 いま、私のお気に入りの文章を読んでいただきましたが、この文章を読んだ瞬間、いったいどんな本なのか興味津々になり、児玉さんの解説に一気に惹き込まれてゆきました。このように、初めて読む人を一気に本の世界へ誘う文章が多いのも、児玉さんの解説の特徴です。

 この本で紹介されていたのは、私が読んだことのない本ばかりでした。もし読み終えた後にこの解説を読んでいたら、きっと児玉さんと同じ気持ちを分かち合い、「ああ、この本は当たりだったな」と確信させてくれるでしょうね——。

 

 その後も、児玉清さんがあの穏やかな声で再生されながら、本のあらすじ、魅力が書かれてゆきます。読者を飽きさせない文章で。例えばこちら。

しかも読み終えたあとの爽やかな心地よさといったら、……何と表現したらいいのか……。恰も香わしき母の匂いの満ち溢れた蒲団の中にもぐり込んだときのような幸福感とでもいうのか……。*2

 これはかなり稀な表現かもしれませんが、読書感想文を書いたとき、こんな文章を思いつくことが出来る人は果たしてどれだけいるでしょうか。普段書評・解説は斜め読みしてしまっている私ですが、まるで小説を読むときと同じ熱量で児玉さんの解説は一気に読み終えてしまいました。

 

 さて、解説が面白いだけではなく、この本からは読書家・児玉清の本に対する姿勢を伺うこともできます。例えば、読みやすい、わかりやすい小説が大衆小説として軽んじられる傾向があることに対し児玉さんは、

平易な文章で読みやすいことは読者にとって実に有難いことで、その上で面白く、楽しく、愉快で読者を夢心地にしてくれる、そしてさらに深い深い何物にも代え難い感動を与えてくれる物語ほど、嬉しく素晴らしき小説はないのだ。*3

 と、畳みかけるように熱く熱く反論してくれます。愛していなければ絶対に書けない、これ以上ない説得力です。

 この文章を読んだ時私は、「自分は単に〈好き〉な本を読んでいたけれど、批判から守れるほどその本を〈愛して〉いただろうか」と、趣味に対する情熱が少なかったことを反省しました。その反省から、児玉さんのような読書家になりたいという思いから、私はこの記事のタイトルを「読書人の道しるべ」と名付けたのでした。

 児玉さんの本に対する情熱の深さは、梯久美子さんの解説からも伺えるので、是非読んでみてください。

 

 精神を病んでいる間は本を読む気力も湧かず、ただうつらうつらと毎日をこなす日々でした。ところが、たまたまゆっくり出来る時間ができた時のことです。何も考えなずぼうっとしていると、次第に頭が回り始め、参考書の活字、出されたご飯、音楽、それらが色付きはっきり認識されていくような感覚を味わいました。

 「久しぶりに本でも読んでみよかな」と、読書生活復帰一作目として、魅力と情熱あふれる児玉さんの本を選んだのは、非常に良い縁かなにかがはたらいたのかもしれない。そんなことを少し気に留めながら、これからも自分の勉強、アルバイト、読書を楽しんでいこうと思います。(了)

*1:p.19 荒山徹『柳生薔薇剣』の解説より

*2:p.68 北原亞以子『贋作 天保六花撰』の解説より

*3:p.42 市川拓司『弘海――息子が海に還る朝』の解説より